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株式会社 中華高橋水産 気仙沼を支える水産業の未来のために、新たな領域に挑戦。
そのエントランスで、中華高橋水産の畠山清さんが一行を歓迎してくれました

大谷海岸沿いの岬に、明るい壁色が目立つスペイン風の建物を発見。そのエントランスで、中華高橋水産の畠山清さんが一行を歓迎してくれました。中に入ると、壁に極彩色のモザイクタイル、海を一望できる張り出しの窓、ハイセンスな陶器の噴水などがあり、安田さんは思わず「オシャレなレストランみたい」と漏らしていました。

一行は食堂に集まり、畠山さんから事業の簡単な紹介と震災時の様子を聞きました。中華高橋水産は、フカヒレを主体にサメの様々な部位を活用した商品を生産。食品会社やレストラン、小売店などに多彩なサメ商品を卸しています。やはりこの会社も震災の被害を受けて、生産をストップ。津波は、強化ガラスを突き破るほどの威力だったそうです。「震災後、いろいろな問題を知ることができ、避難マニュアルの作成を行いました。会社は従業員の命を守る責任があります。弊社ではマニュアルに則り、年に2回の避難訓練も行っています」と、避難経路などが詳細に書かれた書類を示しながら、語っていただきました。

社屋の外に出て、周囲の立地や加工場の見学も行いました。その途中目にしたのが、コンテナいっぱいに描かれたイラストと「ふかふか村」という名前。気仙沼の主要な特産品であるフカヒレを生産する場所として親しみを持ってもらうため、工場の建設に合わせて愛称を作成したそうです。施設の周囲も巡り、海からすぐの場所にあることを確認。「古い文献によると、かつて80mの津波が襲ったという記録がありました」と畠山さん。近くでは防災集団移転のための造成工事も行われていました。

工場内の立ち入りはできませんでしたが、機械の説明とともに、フカヒレ加工の工程を教えてくれました。たくさん並んだ乾燥中のフカヒレを見て、やや興奮気味の中学生記者たち。「工場で約30名の避難者の受け入れを行ったんですが、食料がフカヒレしかなかったんで、みなさんに食べていただきました」という畠山さんの言葉に、「避難中で気の毒やけど、そこはうらやましいなぁ!」と菅さんは笑っていました。

厨房からシャークナゲットとサメ肉のメンチカツが運ばれてきました

再び食堂に戻り、震災以後を語る畠山さん。津波によって港や多くの漁船が破壊され、気仙沼の水産業は大きなダメージを受けました。完全回復には、まだまだ時間がかかりそうです。「海の恵みは気仙沼にとって何よりも大事。活気を取り戻すためには、まず漁師の方々が元気になってくれないといけないと考えました」と、次第に話が熱を帯びていきます。そこで、気仙沼市内のサメ関連業者が結束し、「サメの街気仙沼構想推進協議会」を設立。これまであまり活用されていなかったサメ肉に着目し、消費拡大に向けた活動がスタートしています。「フカヒレばかりが注目されますが、何でサメの肉を食べないんだろうと、考えたのがきっかけです」と言うと、厨房からシャークナゲットとサメ肉のメンチカツが運ばれてきました。

中学生記者たちは、恐る恐る口にしましたが、味わってみるとあちこちから「おいしい!」という声が上がります。「サメ肉はとてもヘルシーな食材で、工夫次第でこんなにおいしく食べることができます。私たちの夢は、東京オリンピックで世界中からやって来る選手や観光客に味わってもらうことです」と展望を語る畠山さんの目の輝きに、気仙沼における水産業の明るい未来を予感しました。

同じ時を生きる中学生同士が、より防災を知るために交流。

ワークショップ 中学生記者の感想 ロザンの『いっしょに考えよう』コーナー