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気仙沼市立階上中学校 同じ時を生きる中学生同士が、より防災を知るために交流。
体育館のエントランスでは、階上中の生徒たちが「ようこそ階上」と書かれたパネルを持って一行を出迎えてくれました

次の取材先は、中学生記者が訪れるのを最も楽しみにしていた階上(はしかみ)中学校。体育館の入口では、階上中の生徒たちが「ようこそ階上」と書かれたパネルを持って一行を出迎えてくれました。そして、ここでロザンのお二人も合流。あまりの大歓迎ぶりに、思わず笑みがこぼれます。中学生記者一人ひとりを誘いながら、ステージ前に設営された会場へ。階上中の生徒会長、中学生記者の代表が挨拶を述べた後、お互いの色紙にメッセージを書き合うコミュニケーション活動“アイスブレーキング”を行いました。初めての対面でちょっと恥じらいを感じながらも、盛んに色紙を交換。次第に緊張の糸がほぐれ、自然な会話も始まりました。

壇上のスクリーンに資料映像を投影しながら、階上中の生徒たちが実践している自助・共助・公助の考え方に基づく「防災教育発表会」がスタート。2005年から総合的な学習の時間に当てて熱心に取り組み、地域の防災活動にも多大に貢献しています。それでも、東日本大震災の脅威は想定をはるかに超えるものとなり、その経験と反省を糧に、さらに内容を発展させています。自らを“未来の防災戦士”と称し、実践的な避難訓練や防災体験活動、防災マップの作成などにチャレンジ。特に中学生記者たちの関心を集めたのは、休み時間などの短い時間を利用し、予告なしの不意打ちで行う「ショート訓練」です。避難訓練を年中行事の一つのようにとらえていた中学生記者は、目から鱗が落ちたような心地になったようです。

防災教育の一環で行っている、避難所で役立つ新聞紙スリッパづくりにも、階上中の生徒をお手本に挑戦。ロザンのお二人も新聞紙を手に取りましたが、菅さんは「簡単に作れそうだと思ったけど、ちょっと分からなくなったわ〜」と照れながら、中学生たちの輪に入っていきました。

また、生徒自身が制作した防災の標語とイラストによる「防災カルタ」も発表。グループごとにカルタ遊びも行いました。宇治原さんは熱中するあまり、絵札の上に体ごと投げ出す場面も。手にしたカルタの標語や絵柄を確認して、「しっかり考えて作ってはるわ!」と感心していました。

生徒自身が制作した防災の標語とイラストによる「防災カルタ」も発表
生徒自身が制作した防災の標語とイラストによる「防災カルタ」も発表

また、体育館に設けられた防災備蓄倉庫を見学。200人の避難者が3ヵ月間暮らすための災害備蓄品が蓄えられ、小さな子どもからお年寄りまで対応できるよう、非常用食料や簡易トイレなど多彩な品が用意されていました。

そして、壇上で披露した「避難所設営訓練」の実演には、階上中の生徒たちの機敏さにビックリ。イスや長テーブルを設置して受付け場所を作ったり、地区ごとに避難者を誘導したりと、大人顔負けの行き届いた対応にロザンのお二人や安田さんは感服していました。

内容が充実していた階上中の防災学習でしたが、同じ中学生が楽しみながら笑顔で取り組んでいる姿を目の当たりにして、自分たちの可能性に気づき始めた中学生記者たち。「地震が少ない県に住んでいるんですが、私たちも防災学習を実践できますか」と聞くと、「土地に伝わる伝承や昔あった出来事を調べ、起きやすい災害を知っておくことで、身近な人たちと防災を考えるきっかけを作ることができると思います」と階上中の生徒は答えます。また、「みなさんが活動する上で、今、課題にしていることは何ですか」と問うと、「震災から長い時間が経過して、やはり周りの人たちに記憶の風化が感じられます。みなさんには、この機会に防災について関心を高めてもらい、それぞれの住んでいる地域で震災に備える必要性を広めていって欲しいです」と中学生記者たちに訴えかけました。

名残惜しくも閉会式でお別れの挨拶を交わし、生徒たちのアーチをくぐりながら体育館の外へ。そして、バスに乗り込む直前、中学生記者たちへ力強いエールを送ってくれました。階上中の生徒たちの元気なかけ声に背中を押され、一行を乗せたバスは最後の取材地へ向かいました。

階上中の生徒たちの元気なかけ声に背中を押され、一行を乗せたバスは最後の取材地へ向かいました

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