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ライバル同士が手を結び、石巻の水産業を再生。

 次に訪れた山徳平塚水産は、ようやく魚町にある本社工場の改修工事が終了。水産物の加工機械も搬入済みで、5月の稼働を待つばかりという状態でした。
社長の平塚隆一郎さんが、新しい工場内を案内。大きな機器を目にした菅さんは、「工場内の設備は、だいぶ完成に近づいたんですか?」と聞くと、「大きな加工機械は、これから細かな調整を行ないます。想定より、お金と時間がかかっちゃいましたね〜」と、平塚社長は苦笑い。
念願の再開を間近に控えながらも、やはり問題は山積しているようで、宇治原さんの「従業員の方は戻ってこられるのですか?」という問いに、「5〜6人は復帰してくれる予定です。震災前は30数名いたんですけどね。こういう状況で、沿岸には仕事が無いかと思いきや、実は人手不足だったりするんですよね」と答えます。「じゃあ、今は人が欲しい?」と宇治原さん。「そうですね。でも今は、水産関係の仕事に就くより、ガレキの処理や建設工事関係の仕事の方が給料をもらえますから。ただ、それもいつまで続くのか分かりませんけどね。こちらに人を呼び戻すためには人件費を上げればいいのでしょうが、そうすると製品の原価も上げなくちゃならなくなる。そうなると、他の地域の方は買ってくれませんよね」と語る平塚社長の言葉に、ロザンのお二人は深くうなずいていました。

 沿岸に200以上あるという石巻の水産加工会社は、補助金などを活用して再建を目指していますが、原料の仕入れ先や販路を失ったため、今後の経営に大きな不安の影を落としています。
「再開して軌道にのっている企業はあるんですよね?」と菅さんが聞くと、「工場の立て直しが済んで、すでに生産を始めている企業はもちろんあります。でも現在の売り上げは、震災前の4割弱という状況なんです。そういうわけで、地元の同業者が協力し合ってこの事態を乗り切ろうと、石巻水産復興会議の将来構想ワーキンググループを設立しました。
今まではライバル会社同士だったんですが、仕入れや販路開拓を一緒にやろうという取り組みですね」と平塚社長。

「こういった横のつながりは、震災前には無かったのですか?」という安田さんの疑問に、「震災前は、みんなライバルだったので、相互の連携というものはほぼ皆無でした」。「例えば、吉本興行と松竹芸能が手を組むみたいなことは…」と宇治原さん。
「そんなことはありえないですよね!?」を平塚社長が答えると、一同大爆笑となりました。

 最後に、中学生たちに伝えたいことが何かを、安田さんが質問。
「震災前は、関東や関西の大都市圏にたくさんの種類の魚を大量に流通させることが重視されていました。だから、地元の方などに、石巻の魚はどこで手に入るの?と聞かれると、明確に答えることが難しかった。今は、地元に石巻の水産業をもっと認知してもらうため、地産地消の考え方で取り組みを始めています。各地から来る中学生の皆さんには、ここ石巻で水揚げされる魚のおいしさを知ってもらい、石巻の魚を食べたいと思えるような紹介がしたいですね」と意気込みを話してくれました。

石巻が直面している『いま』とは

ライバル同士が手を結び、石巻の水産業を再生。